自然が造り忘れた形 彫刻家岩崎幸之助の石彫作品
彫刻家岩崎幸之助の石彫作品には、いつも気付かされるものがある。
「ああ、この形だ。」
と思う。しかし思い出したわけではない。そのような造形が、自然界にあって然るべきだという気付きがあるのだ。現実の自然界には恐らく存在しない造形でありながら、存在してもいいはずだと気付かされる。
アールヌーヴォーに、ラリックという作家がいた。やはり自然な造形で、自然にはないかもしれないという形を追求した。ただラリックは、美を追究したはずだ。
彫刻家岩崎の彫刻作品は、あるいは美を追究していないのではないかとも思わされる。彫刻も美術であり、おそらく美を追究すべきものなのだろうから、広義の美が前提と見ればそれも美なのかもしれない。しかし、敢えて「美」を前面に出すことで、美への意図が見えて、美の押しつけが感じられてしまうこともある。
ラリックの作品は、どちらかといえば美の提案であり、悪く見れば押しつけかもしれない。
一方で岩崎の作品には、押しつけも、提案もない。あるのはただ、岩崎が形にしたいと考えた、無欲なる造形であり、あるいはそれは、見る者や、社会といったものを前提にはしていないのかもしれない。
彫刻家 石彫 岩崎幸之助 オフィシャルサイト
